①「当たり前のことを当たり前にやる」:集団思考との戦い
「社長として心掛けていることはなんですか?」と聞かれたときに私はいつも「当たり前のことを当たり前にやる」と答えてきました。私が永らく所属していた企業グループには「他がやらないことをやる」という創業時からの美学のようなものがありましたので、これを聞いてガッカリした人も結構いたようです(笑)。
この言葉を最初に誰が言ったのか定かではありませんが、著名な経営者の間でも結構人気のある言葉のようです(ホンダ創業者の本田宗一郎さんという説もあるようですね)。
どんな組織にも「あなたが言うことは正論だけど・・・」という事柄は少なからずあるのではないでしょうか。「正論」とは誰もが認める「当たり前のこと」ですから、正論が通らないのは「当たり前のことができていない」ということになります。
「三人寄れば文殊の知恵」という言葉もありますし、近年の「集合知」に関する研究によれば「みんなの意見は案外正しい」とも言われています。また、動物の「群れ」の研究においても集団内の自己組織化・多様性・協業・模倣が優れた環境適応を創発的に生み出すことが紹介されています。ところが、集団思考はメリットがあると同時に、デメリットとして以下のようなものがよく知られています。
同調圧力:その場の雰囲気に流され、抵抗できず同調してしまう
自己検閲:周囲の様子を見ながら自分の意見を差し控える
無謬性の幻想:チームが自信過剰になって、自分たちが正しく完璧であると思い込んでしまう
道徳性の幻想:チームの「理念」や「大義」で自分たちの現実離れした行動を正当化する
外部認識の歪み:チームの外(社外・敵)を見下す
「正論」が通らない組織では意思決定の質は低下し、業績は低迷し続けます。「それは正論だけど・・・」は「当たり前のことができない」という「組織の病気」なのです。生活習慣病、慢性疾患、自家中毒・・・人間と同じように組織もこういった病気になるのです。
ちなみに「他がやらないことをやる」というのは、競争戦略における「差別化」という定石に通じるものであり、決して間違っているわけではありません。また、イノベーションが成果を生むには試行錯誤と時間が必要ですから、うまくいかないからといってすぐに放棄すべきとは言えません。けれども、「他と違うこと」と「価値があること」は同じではありません。
「他がやらないことをやる」が目的化したチームが独りよがりの商品を作り上げ、それが世の中に全く受け入れられないのに、「間違っていない」 「失敗を恐れない」と頑なにやり方を変えようとしないならば、大きなダメージが起きる前に方向修正を図るのが「当たり前」です。
故スティーブ・ジョブス(元アップル社CEO)は、“私は自分のしてきたことと同じくらい、しなかったことにも誇りを持っている。イノベーションとは1000のアイデアにNOと言うことなのだ。” と言っています。
もうひとつ例を挙げるなら、赤字が慢性化している事業では、チームが一丸となって「危機意識」「売上確保」「コスト圧縮のために人員・費用を削減」を掲げて悪戦苦闘を続けるものの、思うように成果が上がらないという「お決まりのパターン」があります。
危機感がないことが赤字の原因ではないでしょうし、売上確保には値下げや販売費用の追加投入が必要ですから利益をさらに圧迫する危険があります。人員・費用の肥大化が赤字の根本原因ならば削減も必要でしょうが、そうでないのであれば、患部でない健康な部位を切り取る「手術ミス」で生命を危険に晒すようなものです。
チームが一丸となって「誤った治療」を続けても赤字という病状は回復しませんし、かえって事態の悪化を招くのです。ここでは「何が赤字を生み出しているのか」を突き止め、赤字の原因を取り除くこと、あるいは治療することが「当たり前」なのです。ところが、「自分たちがやっていることは間違っていない」「周囲に対して努力を見せないといけない」という集団思考から見当違いの治療に走り、それに固執することによって赤字の慢性化や悪化が起きてしまうのです。
「当たり前のことを当たり前にやる」は集団思考との戦いですから、時として「リーダーの孤独な戦い」となります。