マネジメント・プロセスのガイダンス ③ <動機付け>

<目次>

目標・計画の「腹落ち」、リーダーへの信頼を高める

■チームとメンバーの士気を高め、能力を最大限引き出す

■周囲の期待を醸成する

■「動機付け」「リーダーシップ」の理論とツールについて

 

 人間は命令すればその通りに動くのか?命令通りに動けば最大の成果が得られるのか?ファヨールのオリジナル・テンプレートで「命令」だった部分が、その後の様々な批判・議論を経て「動機付け(Motivate)」に置き換えられた理由はここにあります。

 

 メンバーの貢献意欲とチーム・ワークが成果を大きく左右することに異論を唱える人はいないだろうと思います。マネジメント・プロセスにおいて「動機付け」は極めて重要なリーダーの仕事なのです。

 

           経営学における命令→動機付けへの変遷についてもう少し詳しく知りたい方はこちら

 

目標・計画の「腹落ち」、リーダーへの信頼を高める

 

 20年ほど前に「IBM奇跡の復活」を成し遂げた元CEOルイス・ガースナーさんの特別講話を聞く機会がありました。彼は、当時「瀕死の巨象」と揶揄されたいたIBM社のCEO就任直後に全社員にこう語りかけています。

 

"私が皆さんに申し上げたいのは、いま現在のIBMに最も必要ないもの、それがビジョンだということです。私がいつ新ビジョンを発表するかという憶測が絶えませんが、今のIBMにビジョンなど必要ないのです。必要なのは各事業部門が新しい現実を認識することであり、私が約束できるのは、苦痛に満ちたこの時期をできるだけ早く脱出するためにあらゆる手をつくすつもりだということです。"巨象も踊るルイス・ガースナー著より)

 

 どんなに立派な計画を作っても、苦境に喘ぐ人々には夢物語だったり、他人事だったり、あるいは強い反発を招くことすらあります。ビジョンを掲げるのは決して悪いことではないのですが、「腹落ち」して、はじめて人は動くのです。ガースナーさんは敢えてビジョンを封印して、社員ひとりひとりに現実を直視し、行動を起こすことを促し、自らも「逃げない」とコミットしたのです。また、「ビジョンは不要」という常識外れのメッセージが、社員の関心を惹きつけるコミュニケーション技法として成功しているのも秀逸と言えます。

 

 実は特別講話でガースナーさんは会社を変革するときに、まず最初にやることは、社員を優秀かそうでないか、協力的か非協力的かによって4つのグループに分けて、優秀で非協力的なグループを排除すると仰っていました。これは著書には書かれていませんでしたし、聞いた時にはあまりの壮絶さに絶句しました。

 

 そこまでやるかはともかくとして、たしかに「優秀で非協力的(あるいは否定的)」な社員を放置すると改革は進みません。重点的な説得が必要ですし、時には毅然とした対決も必要になります。逆に優秀な社員を味方につけることができれば活動が加速することは言うまでもありません。

 

 私はサラリーマン時代に事業の再生や変革を託されて数々の事業組織や子会社を渡り歩きましたが、その際にファヨール改テンプレートとともに必ず使ったのが「最初の100日(First 100 Days」という手法です。それは以下のような一連の活動です。

 

 まず、着任直後に、「託された課題」を組織のメンバー全員と共有し、100日かけてプランをつくることを宣言します。そして、観察と仮説作りをひたすら繰り返します。観察はキーメンバー全員との面談や現場の視察、また、業務上関連の深い周囲の組織にも意見を求めて動き回ります。観察の段階では「決めつけない」であらゆる可能性を模索するようにします。敢えてかなり極端な仮説も先入観を一切排して検討します。ストレス度の高い知的作業となりますが100日という期限があるので集中して取り組めるのです。

 「最初の100日」活動では戦略の中身とともに「どう伝えるか」「どすれば腹落ちしてもらえるか」に心血を注ぎます。私は社員へのメッセージは殆どひとりで作成しますが、使う言葉、話の順番、資料の体裁や文字フォントまで何度も何度も作り直します。経営数値を掲げてそれを説明するのではなく、事業再生や変革を物語(ストーリー)として理解してもらえることに心を砕きます。

 

 そして、「最初の100日」は着任時と同じようにメンバー全員を集めて「何をどうするのか」を伝えることで終了します。なお、「最初の100日」で決めるのは「計画化」プロセスの「戦略」まで、つまり、目標とそれを実現する計画の概要までで、これを示した上で詳細計画の作成を各部署(=キーメンバー)に指示します。通常、計画の詳細化にはさらに100日ぐらいかかります。

 

 計画と現状との乖離が大きく、ハードな道のりが予想される場合には、変化への抵抗感を払拭するのは容易ではありません。個人を相手にするのであれば「対決」もよいのですが、集団全体との「対決」は「独善」「独裁」と同義で、これでは「動機付け」と真逆のものになってしまいます。辛抱強く物語を語り続け、抵抗感の払拭に努めるのはリーダーの大切な役割です。そして、それがリーダーへの信頼を醸成するのです。

 

 組織全体として変化への抵抗感が薄れてきたと実感できるようになるには最低でも1年ぐらいはかかるものです。真摯な語りと活動の成果が徐々に人心を変えてゆくのです。だたし、抵抗は決してゼロにはなりません。また、根強い抵抗には重要な示唆も含まれています。異論が存在しない組織はやがて硬直化し、環境変化に対して脆く、時には暴走しますから、抵抗や異論は完全に駆除・撲滅するべきものではなく、有益な異物として組織内でコントロールするべきものと私は考えます。

 

 「強い抗生物質で体内の雑菌をすべて殺してしまうのはよくない」というのに似ていますね。もちろん、人は雑菌とは違いますが。

■チームとメンバーの士気を高め、能力を最大限引き出す

 

 チームの知識・スキルが能力として最大限に発揮できるかどうかは、人材の獲得、学習・教育とともに意思・感情に大きく左右されます(人材の獲得、学習・教育に関しては「組織化」のパートをご参照ください)。

 

 組織全体の目標をメンバー個人レベルまでブレイクダウンすることは、メンバーひとりひとりの目標達成が組織の目標達成にどのように貢献するかを示すことによって、「腹落ち」をより強固なものにするとともに、「他人事でなく自分事」という意識を芽生えさせます。

 

 さらに、組織目標のブレイクダウン作業にメンバーを巻き込み、自分自身の目標を作って申告してもらうことによって自主性・貢献意欲を引き出すことができます。自主的な行動に対して必要なのは指示や命令ではなく支援とコーチングです。これが、 「目標による管理」※1という考え方です。

 

 

 「コーチング」について、厳しいビジネスの世界で部下の自主性に任せてアドバイスに徹するというのは、何やらナマぬるいのではないかという感覚を持つ方もいるかもしれませんが、強いアスリートを育てるコーチの仕事を想像してみれば、決してナマぬるいものではないことが理解できるはずです。

 

  ※ 「目標による管理」の運用にあたって以下のような留意点があります。

      ・自主性を尊重するといっても放任してはいけない

      ・申告された目標と組織全体の目標との整合性を確保する

      ・申告された目標達成の難易度(ストレッチ度)の妥当性、公平性を確保する

      ・長期的な視点(キャリア形成・成長)を盛り込む

 

 そもそも組織は連携を前提としていることは「組織化」のパートでも述べましたが、連携を阻害する要因として、組織構造の弱点に起因するもの以外に、 「動機付け」 に関連するものもあります。ここでは「硬直化(タコ壺化)」「組織の壁」役割が不明瞭な部署」「業務の維持が目的化している部署」といった問題の原因と対応を取り上げます。

 

 「硬直化」や「壁」について、「壁を壊せ」「連携しろ」と叫ぶだけでは問題は解決しません。組織が大きくなって全体が見通しにくくなってくると社員の関心は見渡しの利く周囲にのみ集中し、やがてはそれが壁となって周囲との連携を阻むようになります。また、連携が希薄になると益々「縄張り意識」が強くなり、縄張りを守ることが目的化し、過去に何かしらの目的でつくられた部署が役割を終えても存続していたり、縄張りを維持することを目的とした部署がつくられることすらあります。

 

 こうした事態への対応として、まず、「全体が見えないから、やがて壁ができる」を解消すること、すなわち、 「全体の目標と戦略の明示と理解の浸透」が大前提となります。これは、前述の「腹落ち・抵抗感の払拭」「最初の100日・物語(ストーリー)を伝える」「目標による管理」といった活動を指します。そして、「壁を壊す」というのは既存組織の解体・再編といった「組織図をイジる」ことではなく、全社の方向性・戦略への貢献の観点で各部署の役割を再定義すべく、個々の部署の活動目標、行動様式、他部署との連携に関して何をどう変えるかを徹底的に議論し、具体的な行動計画を作成し、活動の進捗と成果を評価できるようにすることです。

 

 不要な部署の解体と人材の転用というのも強制するのでなく、部署内部での「気づき」をもとに自主的な提案として出てくるように促すのが理想です。個々の人材のポテンシャルを熟知し、最適な配置を考えられるのは部署内部の人たちであり、「自分事」として自ら決めることで部署の能力は最大限に発揮されるのです。

 

 

 どうしても変革が進まない部署については、部署の責任者や影響力の強いキーパーソンとの対決、場合によっては更迭といった毅然とした対応も必要になります。「無闇に組織図をイジらない」と言いましたが、固まったものは解きほぐす、壁は壊す、そして、阻害するものは取り除く必要があり、これらを実行するリーダーにとって正念場となります。

■周囲の期待を醸成する

 

 「俺、聞いてないよ」、「余裕がないのでできません」、「総論賛成各論反対」、「協力すると言いながら動いてくれない」、「予期せぬ妨害や裏切り」、「梯子外し(突然の翻意)」 ・・・素晴らしい戦略も、さほど難しくないと思われた課題の解決も、実際に活動が始まると様々な躓きに直面するものですが、周囲(全社的な活動においては親会社や協力関係にある企業、プロジェクト活動においては上位組織や社内関連部署)との関係における阻害要因は厄介であり、扱いに失敗するとダメージは甚大になります。

 

 「組織化」のパートで「関係部署(上位組織や業務連携が必要となる部署)の協力確保」について、

 

 ・相手にとってのメリットを説明し納得と了解を得ること(Win-Winの実現)

 ・拝聴の姿勢を貫くこと(相手への敬意を示し独善的と思われないようにする)

 ・必要十分な情報シェアを適宜行うこと(安心感、信頼感の醸成)

 

3点を対応のポイントとして挙げましたが、リーダーは周囲の雰囲気に違和感を感じたら看過・放置せずにすぐに動くことが大事です。基本は上記の3点を丁寧に行うことですが、いざとなれば対決も辞さない覚悟を示す牽制も重要です。

 

 相手の立場に立って考えてみると、相手の周囲に対して「支持・協力する根拠」を示さねばならない場面もあるでしょう。それを助ける有効な手段が「クイックウィン」です。

 

 「クイックウィン(Quick Win)」とは、長期間に及ぶ活動の初期段階で小さな成果を実現し、活動への信頼と期待を醸成することを指します。「緒戦を飾る」ことで長期の進軍の景気づけをするわけです。”Low-hanging fruit” (=収穫しやすい果実)と言われることもあり、短期間で目立った成果を挙げるという意味です。

 

 

 私は「最初の100日」の中で全体の活動に「クイックウィン」をどのように組み込むかを必ず考えるようにしています。周囲の期待醸成は勿論のこと、組織内部における活動の信任と活性化にも大いに資するものです。

 

■「動機付け」「リーダーシップ」の理論とツールについて

 

 人間の能力を最大限に引き出す行動科学の研究は様々な理論としてまとめられ、現在では当たり前に語られる「目標による管理」や「自己実現」といった考え方はそうした研究の成果です。

 

 また、この領域に関しては大量の啓蒙書や指南書が出回っています。人間に関する研究や洞察は日々、進んでいますし、「道を究めた人」の金言は平易な言葉で貴重な気づきを与えてくれるものですね。

 

 「動機付け」「リーダーシップ」の理論とツールは多種多様ですが、「これだけ知っていれば」の趣旨に照らして「定番」と言われるものをいくつか簡潔に紹介することとします。

 

 「自己実現」とは?人生のゴール?人生の意味?「自分」探し?・・・哲学者ウィトゲンシュタインは「人生の意味」は「語りえぬこと」だと証明してみせましたが・・・芸術、職人芸、プロ・スポーツの世界には究める「道」があり、「道を究めた達人」がいるのでしょうが、いずれでもない凡人の私はぼんやりと「ゴールに到達することはないのだろうけれども、ゴールを求めて歩み続けるのが人間の性(サガ)なんだろう」ぐらいに考えています。

 

 「カネが欲しくて働いて眠るだけ」(R.C.サクセッションいいことばかりはありゃしないより)というのも否定はしませんが、成果が出れば素直に嬉しいでしょうし、誰かの役に立つと幸せな気分になるでしょう。また、いつもではないにしても「自己実現」の片鱗に触れることは誰にもあるはずです。

 

                   「これだけ知っていればなんとかなる」動機付けの理論とツール