マネジメントの当事者であるリーダー※1が多様な局面を乗り切り、チームをゴールに導く役割を果たすには、自ら「大枠を掌握」すべく、以下に挙げる2つの基本スキルを身につける必要があります。
①マネジメント・プロセスの「共通の型(カタ)」を理解し、それに沿ってチームを先導するスキル
②マネジメント・プロセス全域に及ぶ「意思決定」のスキル
2つの基本スキルの関係を示したのが右図ですが、「共通の型(カタ)」は多種多様なマネジメント活動を5つのプロセス要素に体系的・網羅的に整理し、終始一貫してリーダーのマネジメント活動の進行をガイドするものです。
そして「意思決定」はマネジメント・プロセスに含まれる全ての活動要素を貫く横断的な機能です。
「大枠の掌握」にはこれら2つのスキルが不可欠であり、これらを身につけていればマネジメントは「なんとかなる」のです。経験と勘だけに頼ったり、コンサルタントに「丸投げ」※2するのでなく、リーダー自らが身につけ、実践する必要があります。
このあと、それぞれについて解説してゆきますが、身につけるべき基本スキルは決して難しいものではありません。
※1 社長、事業部長、プロジェクトマネージャーなどの「リード(先導)する人」を指します。マネジメントとリーダーシップは別物と
言われていることは私も承知しています。異論もあるであろうことを承知で、ここでは「マネジメントを主導する人=リーダー」と
呼ぶことにします。
※2 コンサルタントの活用自体は決して悪いことではありません。私もたくさんの優秀なコンサルタントの方々に様々な気づきやアドバ
イスをいただいてきました。専門家の見識・スキルと機動力は上手に使えば強力な武器になります。
マネジメント・プロセスの「共通の型(カタ)」に沿ったチーム運営のスキルの習得とは、マネジメント活動全体を体系的、網羅的にガイドしてくれる道具を使いこなすことです。この道具はマネジメント・プロセスを漏れなく網羅・整理し、適切なツール群と紐づけながら、道に迷うことなく進むのを助けるメタ・ツールとでも呼ぶべきものです。メタ(Meta)は「超越した」「高次の」という意味の接頭辞で、要は「ツール群を使いこなすためのツール」です。こういうと「PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクル」を思い浮かべる方もいると思いますが、PDCAもメタ・ツールの1つと言えます。
ここで私が推奨するリーダーのためのメタ・ツールはPDCAではなく100年ほど前にフランスのアンリ・ファヨール氏が考案した汎用経営管理プロセスを後世の人が改良したテンプレート(鋳型)です。定まった呼び名がないようなので、ファヨール改テンプレートと呼ぶことにします。なぜこれを推奨するのかというとリーダーのツールとして網羅性・汎用性が極めて高く、使いやすいからです。
私は様々な課題解決(単年の事業計画、中期計画、赤字事業の再生、新規事業開拓、業務改革プロジェクト・・・まさに何でもかんでも)をすべてこのテンプレートで乗り切ってきました。PDCAも含めて世の中には様々なメタ・ツールがありますが、その中でファヨール改テンプレートが一番使いやすく(=使える)、汎用性が極めて高い(=万能)というのは私の実績であり実感です。
PDCAに関して補足しますと、元々は品質管理ツールとして提唱されQCサークル活動などで使われていたもので、これが品質以外の領域でも広く使われるようになってきました。「計画→実行→確認→修正」を「繰り返す」という「継続的改善」の考え方自体はとても大切であり間違いではありませんが、リーダーのマネジメント行動をガイドするという目的を満たすものではありません。
世の中でポピュラーな「ロジカル・シンキング(ロジカル思考)」によると、有効なフレームワークの条件としてMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:漏れなくダブりのない状態、“ミーシー”と呼ばれます)が挙げられていますが、PDCAをリーダーのマネジメント行動のフレームワークとしてMECEの観点で見ると、「リーダーのDo(実行)とは何なのか?」 が全く示されずに、「それは自分で考えてね」ということであればフレームワークとは呼べません。また、PDCAサイクルは現状の肯定と継続的改善を前提としていますが、マネジメント行動においては現状否定や非連続的な行動が要求される局面も多々あります。
■ファヨール改テンプレートの使い方
ファヨール改テンプレートはリーダーのマネジメント行動を5つの要素に分解します。5つの要素はある程度、活動を進める順番に並んでいますが、部分的には並行、あるいは順番が逆転することもあります。大切なのは5つの要素すべてを常に鳥瞰しながら、考え、行動し、チームをゴールに導くことです。別の言い方をすると、リーダーは常に下記の5つの問いを自問し続けるということです。
「計画化・組織化・動機付け・調整・統制」を「マネジメント成功の自問」として頭の中に刷り込んでください。これがすべての基本であり、これさえ忘れなければ「なんとかなる」のです。
下のチャートは各プロセスにおけるリーダーの役割とセルフ・レスキューのヒントを示したものです。セルフ・レスキュー(自力救援)は登山の基本で、「自力でなんとかする」ことです。
リーダーがやるべき仕事は結構たくさんありますね。けれども、気後れせずにチャートの中身(役割とセルフ・レスキューのヒント)を眺めてみると、意外と書いてあることの大半は「こんな感じのことをやればよさそう」とイメージが湧いてくるのではないかと思います。リーダーを任されるような人であれば、ここに書かれた内容に関して過去に何かしらの関わりを持った経験があるのは当然のことでしょうね。
メタ・ツールはマネジメント・プロセスの多様な要素を有機的につなげることでリーダーのマネジメント行動全体を終始ガイドしてくれるものなのです。
リーダーだからといって全知全能ではありませんから、人それぞれに不得手な領域もあるでしょう。苦手な領域はチームメンバーや専門家の支援を受けつつ、「丸投げ」せずに活動の大きな方向性についての判断ができるレベルの状況把握を投げ出さないこと(=苦手な領域であっても内容が大体理解できる、手綱を離さない)が重要です。不得手であろうが専門外であろうが、決めるのは常にリーダーなのです。
5つの要素の中で「計画化」に関心が集中しがちで、世の中に出回る経営理論やツールも「戦略モノ」や「発想モノ」が多いように思いますが、計画・戦略や発想法は重要ではあるもののマネジメントの全てではありません。計画が上手にできていても他の4つの要素で失敗することも多々あるのです。準備不足、組織がうまく機能しない、チームがバラバラ、不測の変化を乗り切れずに崩壊、進捗がつかめず気づいたときには手遅れ・・・むしろそういうケースの方が多いかもしれません。「計画して終わり」ではないのです。
このあと、5つの要素について、 「難しくない」「これなら使える」という趣旨に則って、リーダーの役割遂行に必要十分なレベルのガイダンスと、それぞれに紐づくポピュラーな経営理論・ツールの概要(「これだけ知っていればなんとかなる」)を紹介してゆきます。一読して大体の内容が理解できればよいと思います。全てを覚え込む必要はありません。マネジメント・プロセスのセルフチェックシート(2ページ目は意思決定のセルフチェックシートになっています)をページの右側に用意してありますので、ダウンロードして懸念や不安のある領域を確認の上で、該当しそうな箇所を都度つまみ食いすればよいでしょう。
私はファヨール改テンプレートは万能で、なんにでも使ってきたと言いましたが、近年の活用事例をご参考までに下記のリンク・ページに公開しておきます。
各プロセスのガイダンスは下記のアイコンをクリックください。(ページ最上部のプルダウン・メニューからも入れます)
意思決定論のパイオニアであるハーバート・サイモン(1978年ノーベル経済学賞受賞)は、「経営とは意思決定である」と言っています。また、彼は、人間がどんなに合理的な行動を取ろうとしても、様々な制約によって限定された合理性しか持ち得ないことから、意思決定者は「最大化」や「最適化」ではなく「満足化」を行動原理とすると主張しています。
限定された合理性とは「全てを知りえない」「正しいかどうかわからない」ということです。したがって、意思決定の際に「最大」あるいは「最適」といった「正解」を求めること自体がナンセンスで、達成が期待できそうな事柄の量や質に「満足」するかどうかに過ぎないということを言っているのです。
合理性が完全たりえないゆえにマネジメント・プロセス全域に「満足」かどうかを判断する意思決定が存在するということなのです(右図)。
そして、この、拠り所のない危うさを常に抱える意思決定という仕事はマネジメント・プロセスの全てに関わるものであり、これだけは誰にも頼むことができないリーダーの孤独な仕事なのです。
この後、意思決定というリーダーの孤独な仕事の醍醐味と危険について「これさえ理解していればなんとかなる」ポイントを解説してゆきますが、下記がそのサマリーになります。
意思決定の2タイプと留意点
ハーバート・サイモンによれば意思決定は以下の2タイプに分類されます。
①明確な目的と、判断の根拠となる過去のデータや事実をもとに行う意思決定
②不確実な未来に向けての方向性や未経験の問題への対処など、判断の根拠となるデータや事実が存在
しない問題に対して行う意思決定
①は、目的が明確で、判断の根拠となる情報が揃っていれば選択の余地は殆どなく、誰が意思決定しても同じ結論になるべきものです。したがって、このタイプの意思決定において留意・確認すべきポイントは以下のように「やるべきことがちゃんとできている」ことです。
・意思決定の目的と収集すべき情報が明確になっている
・収集された情報に収集者の解釈や個人的利害によるバイアスがなく、信憑性がある
・意思決定した内容を関係者全員に理解の齟齬がないように正確に伝達する
分かりやすい例として社屋の施設工事について考えてみると、工事の優先度・規模・費用対効果の妥当性、業者選定プロセスの妥当性、工事の業務影響への対応について確認した上で承認・周知するということです。プロセス整備は内部統制(不正・汚職防止)の観点でも重要なので、この例のように頻繁に起きる事案については必要な情報と判断基準をある程度定型化して組織に浸透させておくのがよいでしょう。
②は判断の根拠となるデータや事実が存在しないため、それに代わるものとして「自分たちは何をどうしたいのか」というビジョンや戦略が意思決定の根拠となります。この時、ビジョンや戦略への合意があってもそこに至る道筋には様々な選択肢(異論)があるはずなので、選択肢(異論)が示されず、議論されないままに意思決定するのは危険です。
ゼネラルモーターズ(GM)の繁栄を築いた伝説の経営者アルフレッド・スローン(1875~1966年)は、経営陣が集う重要案件の会議で、「皆さん、本決定については全員賛成でよろしいのかな?」と会議参加者に問いかけ、全員が頷くのを待ってから「では、次の会議までこの件に関する議論は延期します。この決定が持つ意味について理解し、反対意見が出るまで時間をおきましょう。」と言い放ったそうです。
リーダーは直感的に「こうだろう」「これがいいだろう」と思っても、いったん立ち止まって自ら他の選択肢(異論)を考えるとともにチームにもそれを促し、選択肢(異論)について十分かつオープンな議論を尽くすことによって最良の答と異論を持つメンバーの「腹落ち」を得ることができるのです。
リーダーが自身に対する肯定的バイアスや「さっさと決めたい」という誘惑に抗するのは大きな試練といえますし、リーダーに向かって異論を提起するメンバーにも勇気が要ります。
私自身、社長としてオープンな議論を心掛けてきたつもりですが、「社長は独善的」「社長はひとの話を聞かない」といった諫言をもらったことは一度や二度ではありませんし、おそらくは陰ではもっと言われていたのだろうと思います。また、会議で私が他のメンバーに意見を求めても異論を提起する人は多くはありませんでした。上司との人間関係を良好に保ちたいという意図は誰にでも働くので、よほどのことでなければ口をつぐむのがむしろ普通とも言えます。
活発な意見が飛び交う組織風土づくりは容易ではありません。けれどもリーダーは諦めずに努力すべきと思います。私もこれができていたとは言いませんが、少なくとも強く意識して日々改善に努めました。
①と②に共通する留意点として、判断が限定的な合理性に基づく限り、必ず正しいとは言えないことがあげられます。特に不確実な未来に向けての方向性や未経験の問題への対処は、そもそも「やってみないとわからない」ものですから、一度決めたからといってそれに固執せず、必要と判断すれば決定を変更する柔軟性を持つことが大事です。そして、そのためには「失敗を認める」率直さ・謙虚さが欠かせません。失敗を認めるのも自分自身との闘いであり、試練と言えるでしょう。
意思決定の適切なタイミング
「判断材料が揃わないから決めない」「変化が激しいので落ち着くまで決めない」「関係者の意見の隔たりが大きいので決めない」といった対応をとるリーダーもいると思います。ある時点で「決めない」という意思決定はありえますが、いつまでもその状態が続くとリーダーは仕事をしていないのと同じことになります。
判断材料が揃ってから決めるという言い分も分からなくはありませんが、待っている間に機を逸することもあります。そして、機を逸したらその責任は全てリーダーにあります。なぜなら、タイムリーに行動できないチームの運営責任はリーダーにあるからです。リーダーは判断材料をどう揃えるかにも気を配るべきでしょう。
変化と不確実性に満ちた昨今のビジネス環境においては、戦略が長期に渡って有効であり続けることは稀で、「前進しながら柔軟に戦略変更(創発的戦略※1)」「複数オプションを持ち続ける(リアル・オプション※1 )」という手法も一般的になってきていますから、「いつまでも決めないリーダー」に成功は望めません。
チーム内の意見がまとまらないというのは不確実な未来に向けての方向性や未経験の問題への対処では珍しいことではありません。そして、意見がまとまらないからこそリーダーの出番なのです。
私は「2-6-2で決める」ことを心掛けてきました。これは「2割が賛成、6割が態度保留、2割が反対」という状態を指します。賛同者が2割いれば態度保留の6割を取り込むことや2割の反対者を説得することができます。賛成多数で決めるのは手遅れであり、賛成多数で決めるならリーダーは不要というのが私の信条です。
2-6-2は拙速に過ぎると感じる方もいると思いますし、2-6-2はあくまでも私のマネジメント・スタイルなので強要するものではありませんが、意見がまとまりきらなくても決める、決めた後にチーム内の「腹落ち」を図る、間違ったと思ったら素直に認めてすぐに次の手を打つというのは意思決定の要諦です。
※1 創発的戦略、リアル・オプションについては「計画化」パート(■戦略の基本的な型、ビジネスモデル、非競争戦略、
■戦略の有効性)を参照ください
意思決定は単なる選択(〇か×か)でなく組織を育てる糧
リーダーは自らが計画を考えるとともに、チームの内外から日々、様々な提案を受けて可否判断(決裁)をする立場にあります。提案の中には、目の醒めるような素晴らしいものやキラリと光るものもあれば、物足りなさを感じるもの、説明がややこしく分かりにくいもの、頑なに従来のやり方を踏襲しようとするもの、チームのビジョンとの整合性に疑問があるものも少なくないと思います。まさに玉石混交です。
単に説明の巧拙というのもありますが、「組織の壁」のせいで個別最適に偏った内容になっていたり、幾多の稟議プロセスを経る中で「様々なアドバイス」を反映したことで「複雑怪奇」「妥協の産物」「骨抜き」になっていたり、あまりにも無邪気に危険を顧みないもの、やってほしいことを横にどけておいて「まずはこっちをやらせてください」という調子のいいもの・・・。
全ての提案には価値があります。たとえ提案自体の価値がゼロ、あるいはマイナスであったとしても、そこには組織をよりよくするためのヒントが隠れています。リーダーが単に〇か×かの判定(選択)を繰り返せば、そのうち提案は枯れ、組織は沈黙します。素晴らしい提案であっても、手放しで褒めるだけでなく、もっと素晴らしくできるかもしれません。例えば以下のようなリーダーの語り口はどうでしょうか。
『素晴らしい提案です。是非、やりましょう。さらによくするためにこんなことも考えてみて下さい。』
『内容はとてもよいので実行しましょう。ただし、ここだけが気になりますので宿題にします。』
『この部分を直せば実行を承認します。すぐに検討してもう一度持ってきてください。』
『承認できませんが、難しい問題であることがよく理解できました。問題の本質から議論しましょう。』
ものの言い方はリーダーのキャラクターによって異なると思います。私も実際には常に上記のような語り口だったわけではありませんし、メンバー構成や場の雰囲気によって語り口を変えることも多々ありました。大切なことは意思決定は単なる選択(〇か×か)ではなく組織を育てる糧だという意識を持つことです。
意思決定のバイアスに注意(プロスペクト理論)
利益や損失に関する意思決定は当然、期待値の計算に基づく合理的なものと想像するかもしれませんが、実はここにも人間の心理的なバイアスが強く作用すると言われています。
右図は利益と損失の期待値が同等の場合に、人間が「うれしい」「ガッカリ」をどの程度感じるかを価値関数(青い曲線)として表したものです。人間の感覚が経済合理性に基づくのであれば、右肩上がりの直線となるべきものが、そうはならないということです。
例えば、損得がなにもない状態(N)においては利益の期待値(P)と損失の期待値(L)が同等の場合、利益の「うれしさ」よりも損失の「ガッカリ」が大きいため、人間の心理に損失の発生を避けようとするバイアスが働くということです。
利益が出ている状態(P)を起点にすると、損得の期待値が同じ場合に、更なる利益(P’)を獲得する「うれしさ」よりも失敗した場合(N)の「ガッカリ」が大きいため、ここでも損失発生を避けるバイアスが働きます。さらに興味深いのは、損失が出ている状態(L)が起点の場合には、更なる損失による「ガッカリ」(L’)よりも、うまくいった場合(N)の「うれしさ」が大きいために、リスクを選好するバイアスが働くのです。
これはプロスペクト理論と呼ばれるもので、これを提唱したダニエル・カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。おそらく、多くの読者の方はこの理論が主張する「人間の性(サガ)」に共感を覚えるのではないかと思います。そして、言うまでもないことですが、最も警戒すべきは、損失が出ている状態では人間はよりリスクを選好する傾向が強くなるということです。小さな損失がリスク選好バイアスの悪循環に陥って膨れ上がり、やがてビジネスを崩壊させてしまうというのはビジネスの世界では珍しくないのです。