「企業=競争に勝利する戦闘マシン」から「企業=環境変化を生き延びる生き物」という捉え方に変わってきている中で、企業戦略の新たな潮流をいくつか紹介します。
■「無闇に戦いを仕掛けない戦略」(ゲーム理論)
ゲーム理論では一般には「囚人のジレンマ」※1が有名ですが、「協力か裏切りか」のゲームを何度も繰り返す※2場合には、相手が協調し続けている限りは自分も協調し、相手が裏切った場合には自分も次に裏切って相手に罰を与える(「やられたらやり返す(オウム返し)」)という極めて単純な戦略が長期的には収穫を最大にすることが知られています。ちなみにこの戦略では一度裏切った相手が協調に戻れば自分も協調に戻ります。つまり、無闇に戦いを仕掛けないこと、攻められたら報復するが過剰反応を控えることが長期的なメリットをもたらすということになります。
戦うことは消耗・ダメージを伴います。変化の激しい環境の中で競争に勝ち続けたとしても、それが持続的な優位をもたらすとは限らないとすれば、企業の生存戦略は従来の競争戦略とは別物と考える必要をゲーム理論は示唆していると言えます。
※1 ある犯罪に関する容疑で捕まった2人の容疑者が、意思疎通の出来ない別々の部屋で尋問を受けています。この2人が取る選択肢
は「自白する」「自白しない」のいずれかですが、自白の状況によって受ける刑罰の重さが異なります。
・1人が自白し、もう一方が自白しない場合、自白した方は無罪・自白しない方は懲役10年
・2人共自白しない場合は懲役2年
・2人共自白した場合は懲役5年
さて、2人の容疑者はどの選択肢を取るでしょうか。(答は「囚人のジレンマ」をネット検索するとすぐに見つかりますよ)
※2 ゲーム理論には上記の「繰り返しゲーム」のほかに1回きりの「同時ゲーム」があり、増産か現状維持かを選択するクールノー
競争、価格維持か値下げかを選択するベルトラン競争といったモデルがあります。
■「競争力強化への継続的な努力が環境変化への適応を阻害する現象」(イノベーションのジレンマ)
業界のリーダー的な企業が既存顧客のニーズを満たすべく製品やサービスの改善に注力し続けた結果、異質の技術革新をベースにした製品やサービスに市場を奪われる現象を「顧客ニーズを満たすことが顧客を失う結果となるジレンマ」と表現するものです。
異質の技術革新は破壊的技術と呼ばれ、登場した当初には既存技術に対して品質が劣る、適用範囲が限られるなどの理由で、リーダー企業が技術の存在に気づいていても「顧客ニーズを満たさない」という理由で研究・採用を躊躇する傾向があります。破壊的技術が進化して顧客ニーズを満たすレベルに達したときに、リーダー企業の製品やサービスが継続的な改善によって過剰品質・機能で高コストなものとなってしまっていると一気に競争力を失うことがあります。
特に成熟カテゴリーにおいては経営資源の投入を効率化して利益を最大化すべく振る舞うのが定石と言われてきましたが、「イノベーションのジレンマ」は「ムダの徹底排除」が変化への耐性を奪う危険性を示唆するものと言えます。
右図は既存の業界リーダー的な企業(青線:毎年10%づつ直線的に改善)と新興企業(橙線:毎年40%づつ指数的な進化)を比較してみたものです。
現在は技術水準に大きな開きがあり、2年後の差も大きなままですが、そのあと急激に差が縮まり、あっという間に追い越してしまうというのが指数的進化の恐ろしさです。
技術の指数的進化については「ムーアの法則」が有名です。ゴードン・ムーアはインテルの創始者のひとりです。「半導体の性能は18カ月ごとに2倍になる」というのがムーアの予言で、近年まで半導体はこの予言に沿うスピードで進化し続けてきました(正確に言うとムーアがこれを提唱したのは1965年ですが、後に18カ月を2年に変更しています)。「18カ月で2倍」というのは10年で100倍、20年で10,000倍という凄まじい進化を意味します。
■「競争を回避する戦略」(ブルーオーシャン戦略)
「競争の血の海(レッド・オーシャン)」を脱して「競争のない穏やかな海(ブルー・オーシャン)」を新たに作り出すべきであり、それは可能であるというのがブルーオーシャン戦略の考え方です。そして、顧客価値とコストのトレードオフを前提とした従来の事業戦略に対して、低コストと高い顧客価値を両立させる新たな事業セグメントを創造する「バリューイノベーション」実行のツール群を提示しています。
「競争回避」ということであれば従来のニッチ戦略※1とどう違うのか?より根本的にはポーターが言うところの差別化戦略※2と何が違うのか?いろいろと議論はあるようですが、私は、同じと考えても違うと考えても実用上の問題はないように思います。
ブルーオーシャン戦略が提示する戦略作成のツール群は差別化あるいはニッチ戦略の作成にも有効なツール※3になります。他方、ブルーオーシャン戦略では戦略の模倣を回避する方策は提示されていませんので、戦略が有効であればあるほど、その持続性には大きなリスクが伴うことを留意すべきでしょう。従来のニッチ戦略が「大企業がやりたがらない市場セグメント」を想定しているために、そもそも模倣が起きにくいのとは対照的なのです。
■「不確実性に対処する戦略」(リアル・オプション)
「何が成功するかわからない」「成功してもいつまで続くかわからない」という変化に富む環境の中で、生存のためには「多産多死」を前提に「たくさん種を蒔いておく」べきではないのか?けれどもこれは「選択と集中」という「原則」に反するのではないか?
従来の戦略論は、「入念な分析を基にして有効な戦略を絞り込んで、そこに経営資源を集中させる」という意図的なものであるのに対して、リアルオプションは「戦略を1つに絞り込まない(選択肢をたくさん保持し続ける)」「一気に投資せずに様子を見ながら段階的に投資する」「選択肢は追加、削除、入れ替えをしてゆく」という考え方です。元々は金融工学のオプション理論が起源ですが、考え方そのものは難しくありませんし、難解な数式を理解することも不要だと思います。
「絞り込まない」はムダ(あるいは冗長性)を許容することになりますので、「選択と集中!ムダ排除!」に凝り固まったような組織においてはリーダーが「うまくゆくかどうかわからない取り組み」を守る必要がありますし、組織上の工夫や業績評価上の工夫も必要となってきます。また、選択肢の管理(継続か中止か、投資規模、新規追加の判断)にはゲートを設けて浪費や暴走を防ぐことも重要です。
※1※2 <「これだけ知っていればなんとかなる」計画化の理論とツール ②:主要な戦略の型> を参照ください。
※3 PMSマップ、戦略キャンバス、買い手の効用マップ、新たな価値開拓の6つのパス、ERRCグリッドといった面白いツール満載
です。ネットでも検索可能ですが著書を読むのがてっとり早いでしょう。内容はいたって平易です。(「ブルー・オーシャン・
シフト」 W.チャン・キム、レネ・モボルネ共著)
■「企業は巨大化から小型化に転じる」(取引費用理論:TCE)
取引費用理論(TCE)はさほど新しい理論ではありません。企業は事業活動において様々な外部パートナーと市場取引を行いますが、市場取引のコストを下げるにはどうしたらよいのか、あるいは「足元をみられる」ような事態(ホールドアップ問題)を避けるにはどうしたらよいかは常に大きな課題です。これを解決するために、パートナーとの協力関係強化(共同開発、戦略提携、資本参加など)、取引先の分散とともに、「内部への取り込み」という方法が考えられます。20世紀は「大企業の時代」と呼ばれることがありますが、事業規模(ボリューム)の拡大と市場取引の内部取り込みによる拡大(=垂直統合)が両輪となって企業の巨大化が進みました。
取引の内部取り込みはコスト削減だけでなく他の内部機能とのシナジーを生み出すメリットも期待されますが、使用される経営資源(ヒト モノ カネ)が増加し、企業が「重く」なる分、変化への対応力が損なわれるというデメリットもあります。比較的安定した環境で企業間の取引コストが高い場合にはメリットがデメリットを上回るために多くの企業が巨大化していったのですが、グローバルなIT通信革命は取引先選択と取引コストを劇的に改善し、事業環境も安定から不測の変化へ移行したことで、いまやメリットとデメリットが逆転するようになってきています。
取引費用理論に基づいて考えると、この先、企業は巨大化から小型化に転じるということになります。
バリューチェーン上の諸々の機能を世界中から最適なパートナーを選んで委託し、資金さえもベンチャーキャピタルやクラウドファンディングでフレキシブルに調達できるようななってくると、「事業のアイデアだけ持っていれば会社組織は不要」というのは夢物語でなくなってきています※1。
※1 このあたりの話は「MAKERS 21世紀の産業革命が始まる」(クリス・アンダーソン著)で非常に興味深い事例を交えて紹介
されています。