<目次>
■仕事の効率を上げる: ムダ・重複の排除
■予期せぬ不具合への対応: コンフリクトの解消、トレードオフへの対応
■目標、計画を微修正する: 経営資源の追加投入、目標・計画の微修正、ピボット
「調整」は英語で”coordinate”です。”co + ordinate”に分解すると、「ともに」「整理する、秩序づける」ということで、「様々な要素を整理してうまくまとめる、丸く収める」という意味になります。「あの人は調整力がある」という時は、利害の衝突をうまくまとめる能力を指すものですよね。
計画の実行が進む中で、「なんでこんなこと、今更?」といった見落とし、「なんでこんなことをやってるのか」といったムダや業務の重複、やってみて初めて分かった不具合や不測の変化、チーム内外のもめ事、「どっちを選ぶか」という二者択一の局面など、リーダーは日々、「調整」に明け暮れることになります。
■仕事の効率を上げる: ムダ・重複の排除
仕事の抜け落ちは業務に不具合が発生することで表面化し、不具合を解消するために速やかな対応につながることが多いのですが、ムダ・重複は発見することが難しく、たとえ発見されても業務遂行に深刻な影響がないと放置されることもあります。
「ムダどり」と言えば製造現場での改善活動が有名ですが、製造作業はあらかじめ作業プロセス、作業時間が細かく定められており、作業を目前で確認しながらムダの有無を検討し、プロセスや時間を改善してゆきます。
これに対して知的作業(オフィス業務)の作業プロセスは曖昧で作業標準時間もありません。複数部署に跨る業務では自部署のプロセスは把握していても他部署のプロセスはよく知らないことが多いでしょう。知的作業(オフィス作業)のムダは埋もれていて、掘り起こさない限り発見すらできないことが多いのです。
埋もれたムダを掘り起こし再構築する作業を誰がやるべきか?業務プロセスに精通したメンバー、つまり、作業担当者以外に適任者は考えられません。ここで、リーダーがやるべき仕事は、
・部署を跨ぐ作業プロセスを可視化しプロセスを再構築する責任と権限を担当者に付与する
・業務プロセス可視化と再構築のツールを標準化する
・プロセス改革に取り組むモチベーションを創出する
の3つです。下記は私が社長時代に実際におこなった施策です。
・全社的な業務改革のプロジェクトを起こし、全ての部署の参画を促す(活動の主体を担当者レベルとする)
・共通プロセス改革ツールを選定し、ツールの使い方を教育する
・プロジェクト成果発表会、表彰を行う(年次サイクルで継続する)
ツールの共通化には、教育が効率化できる、アドバイスや評価がしやすい、事例の再利用が可能、活動が定着しやすい、といったメリットがあります。また、教育は「新たな知識の習得」というモチベーションも生みます。
「埋もれているムダ」に対して「見えているムダ」の代表といえば、「会議のムダ」でしょう。
私の周囲でもスケジュールが会議で埋まっているという人を何人も見てきましたし、会議の前日に徹夜したというスタッフの話を聞いたことも少なくありません。多くの会議は組織の頂点にいるリーダーへの報告やリーダーの決裁を求めるための「会議の連鎖」になっています。リーダーが出席する会議の前に事前会議が何回も開催されて、資料はその度に何度も修正、予備資料もどんどん増えてゆく・・・。
会議に投入される経営資源は会議に参加する時間と、会議に向けて準備する時間に分けられます。
会議参加に費やされる経営資源: 人数×1回あたりの会議時間×開催頻度
会議準備に費やされる経営資源: (発表用資料の枚数+予備資料の枚数)×1枚あたりの作成時間
例えば、50名が参加する2時間の会議が毎月1回開催されるとすると、50人×2時間×12回=1,200時間、会議の発表資料が30枚で予備資料が60枚、1枚あたり1時間で作成すると、(30枚+60枚)×1時間×12回=1,080時間、2つ合わせると年間2,280時間という計算になります。これに加えて、「事前確認」の度に人が集められ、資料が作り直されるのです。「会議を減らせ」と叫ぶだけでは何も変わりません。
実は、私自身は「会議のムダどり」を成功させたことがありません。自分が出席する会議を減らし、会議の内容を改善させるというところまでしか到達できませんでした。そこまで手が回らなかったというのが実情です。
何かよいツールがあればよいのに、と思ったこともあります。 「会議のムダどり」に有効なプロセスとツールは今後の探究テーマにしたいと考えています。
■予期せぬ不具合への対応: コンフリクトの解消、トレードオフへの対応
コンフリクトとは意見の対立が当事者間で解決できずに膠着状態になることを指します。原因としては、トレードオフによる対立、価値観・信条の対立、感情の対立があります。
トレードオフはそれほど珍しいことではありません。QCD(品質、コスト、納期)はビジネスの3要素と言われますが、これら3要素はそもそもトレードオフ関係にあります。「品質をとるか、コストをとるか」「コストをとるか納期をとるか」「納期をとるか品質をとるか」、いずれもよく起きる状況です。
例えば、品質とコストのトレードオフとは、現在の技術水準では両方を満足させる解がないので、どちらを優先するかの意見が対立している状態です(右図 赤の実線上の2点)。
「選択」はどちらかを犠牲にすることを意味するので、計画の趣旨に基づく優先度やダメージの度合いを勘案して判断することになります。どちらも犠牲にすることなく両立させるのが理想ですが、それを実現するには、新たな手法(=イノベーション)が必要になります(右図 赤い実線から赤い破線へのジャンプによって2つの要求を同時に満たす)。
価値観・信条の対立は登山に喩えると、登る山が同じでもルートが違うという対立です。ルートにこだわりがなければ対立にはならないのですが、最難関ルートを踏破することにこだわりを持つ人もいれば、楽なルートを余裕をもって楽しみたいという人もいれば、体力や技術レベルに不安を持つ人もいます。
ビジネスの世界では、例えば製品開発においてどういう技術を使うかに関して技術者が対立するという場面があります。それぞれ技術に関して経験と自負を持っていますから簡単には折り合いません。あるいは、「自分に課せられた目標は達成するので、やり方は任せてほしい」と、周囲との協業を拒むようなこともあります。
感情の対立は「あの人は嫌い」「あの人とは一緒に仕事できない」といったもので、過去の人間関係の歴史や価値観・信条対立の長期化によるものです。
コンフリクトへの対処方法は一様ではありません。双方の言い分を満たす手段を見出すこと(トレードオフの解消)ができればベストですが、当事者同士の「腹を割った」話し合いによる解決(決裂して事態が悪化するリスクもありますが)、リーダーによる裁定、時によってはあえて放置するという方法もあるでしょう。
コンフリクトは業務の停滞、チームの士気低下、リーダーへの信頼の低下、人材の喪失といったダメージを引き起こすマイナス要因であると同時に、対立の可視化と解消(イノベーションや話し合いによる解決)はチーム力を強化するというプラス側面もあります。
■目標、計画を微修正する: 経営資源の追加投入、目標・計画の微修正、ピボット
計画の進捗に遅れや乖離が発生した場合、「頑張って取り戻す」というのは大怪我のもとです。野球のカーブという変化球に喩えるなら、ボールの軌道が大きく曲がるのは「小さな曲がり」が累積する結果ですから、遅れや乖離を発見した時に、なんとかなるだろうと甘く見て、ただ「頑張れ!」と叫んでいるうちに事態はさらに悪化して、取り返しのつかない結果につながることもあります。
早期に軌道を元に戻すには、リーダー自らの積極的な関与も含めて、惜しみなく経営資源を追加投入すべきです。また、遅れや乖離を素早く検知できる管理体制を敷くことも重要です。甘く見ない、甘い期待を抱かないことです。
軌道回復に成功すればよいのですが、それができない場合には速やかに目標・計画を微修正し、修正目標・修正計画をチームの内外に伝達し、理解を得ることが必要になります。具体的には日程の延長、費用の増加、達成目標の下方修正などです。ここで対応を誤ると活動に対するチーム内外の信認を損ね、活動そのものが頓挫する危険もありますので、「腹落ち」と「期待醸成」のやり直しを丁寧かつ迅速に進めることが肝要です。
目標・計画の微修正は失敗を認めることですが、これができずに、不幸な偶然のせいにして計画の見直しを拒絶したり、環境の好転に過大な期待(例えば、「オリンピックで市場がこれから盛り上がる」「新製品が投入されれば状況は好転する」など)を寄せたり、起死回生のギャンブルに打って出たりすると、ダメージはさらに大きくなり、微修正では済まなくなります。
「失敗を恐れるな」は経験者・年長者の常套句ですが、「失敗を認める」は経験豊富なほど、地位が高いほど難しいとも言えます。事業不振の長期化や赤字の慢性化は突然に起きるのではなく、度重なる不適切な対応が積み重ねられた結果であることが多いのです。
新規事業やスタートアップ企業の場合、計画そのものがハイリスクで「やってみないとわからない」ことを承知の上で進めることがあります。そして、計画がいよいよ行き詰まった時に、方向転換を決断することになりますが、計画の白紙撤回という方法とピボットという方法があります。
ピボット(Pivot)は元々、バスケットボールで軸足を固定したままで方向を変える動作を指しますが、ビジネスにおいて計画が行き詰まった時に、それまでの活動成果や保有する経営資源を最大限に生かす方向を見出し、目指す方向を微修正することを意味します。私が身近で目撃した最も鮮やかなピボットの実例を以下に紹介します。
<ピボットの成功例>ソニーにおける8mmビデオ事業の成功
1980年代の初頭に家庭用ビデオテープレコーダーが急速に普及し、VHSとベータという2つの方式の間で激しいフォーマット戦争が起きました。両方式の間に互換性はなく、世界中の家電メーカーが2つの陣営に分かれて戦い、VHS陣営が勝利しました。ソニーは敗北したベータ方式の盟主でした。ソニーはより小型・高性能のカセットテープ(8mmテープ方式)を開発し、リベンジを試みましたが、単にカセットが小さくて画質もよいというだけでは、既に広く普及したVHS方式の優位を覆すことはできず、赤字も膨らむ一方となりました。
家庭用ビデオテープレコーダーの普及に少し遅れて、家庭用ビデオカメラの普及が始まりました。ソニーも8mm方式のメリットを生かして参入しましたが、当初は「8mm方式の使命はVHS方式へのリベンジ」であり「カメラを売るのはビデオテープレコーダー普及の手段」と考えられていました。そして、業績低迷の中で当時の事業責任者は、ついに「8mm方式の狙いをカメラに定める(ビデオテープレコーダーでなく)」という戦略転換の大英断を下したのです。「VHSへのリベンジ」は会社の面子をかけた戦いでもあったので、おそらくは社内でも大議論になったのだろうと推察します(当時の私はソニーに入社したばかりの若造でしたので上層部でどんな議論があったのか知りません、そのうち先輩OBに尋ねてみたいと思っています)。
経営資源を活かし攻略する市場を変えるというのはまさにピボットです。
そして、このピボットは大成功を収めたのです。ビデオカメラはその後、莫大な利益をソニーにもたらし続け、それに加えてイメージャー(光を電気に変換する半導体)ビジネスを育て、最近ではスマホの爆発的普及とともにソニーのイメージャー・ビジネスは急拡大し、ソニーの屋台骨を支えるものとなりました。